講義ノート

資金繰り「悪化」要因とシグナル17選;典型的なパターンをおさえておこう

長期資金からみた要因

  1. 固定資産が大幅に増加した
    固定資産の大幅増加は、中小企業のキャッシュフローに大きな影響を与えます。新しい機械や設備の購入、不動産の取得などがこれに該当します。

    これらの投資は大きな初期費用を要し、回収に時間がかかるため、短期的な現金流出が増加し、キャッシュフローが悪化する原因となります。
  2. 投資有価証券や会員権等の増加
    投資有価証券の増加や会員権等の増加もキャッシュフローに影響を与えます。企業が株式や債券に投資する際、大量の現金が必要となり、これが現金流出を招きます。

    また、これらの投資は市場の変動により価値が変わるため、リスクも伴います。余剰資金を本業以外の投資に回す企業は、放漫経営となっているケースも多く、注意が必要です。
  3. 事業の買収をする、した
    事業買収は、企業成長のための戦略的選択ですが、大きな一時的な支出を伴います。買収により新たな事業を手に入れることができますが、買収費用の支払いにより短期的なキャッシュフローが悪化することがあります。買収後はキャッシュフローのマイナスとプラスがちょうど相殺されるとは限らず、長期の収支予測が必要になります。

    買収1期目:(ー)買収資金のキャッシュアウト(一部借入するケースも多い)、(ー)負ののれんの場合は納税資金
    買収2期目以降:(ー)被買収事業のテコ入れのための資源配分、(ー)借入金の返済、(+)のれん償却、(+)被買収事業からのキャッシュインフロー
  4. 事業を譲渡した
    事業部門や資産の譲渡は、企業のリストラクチャリングの一環として行われることがあります。これにより一時的に現金が入ることになりますが、多くは残存事業での負債の支払い、新規投資等に回されます。

    譲渡に伴う費用(M&A手数料)や、譲渡後の収益減少がキャッシュフローに悪影響を及ぼすことがあります。

    また、譲渡が必要なケースはそれ以外の調達手段に乏しいというシグナルとなることもあり、注意が必要です。
  5. 事務所移転
    より広い事務所への移転は、立地改善や拡張のために行われることが多いですが、移転には高額な費用がかかります(敷金・家賃の先払い・内装費用・引っ越し費用ほか)。これはキャッシュフローを圧迫する要因となります。

    より狭い(賃料が低い)事務所への移転は、経費の削減のためであることが多く、キャッシュフローが悪化しているというシグナルととらえることができます。

短期資金からみた要因

  1. 売上増運
    売上の増加は一見すると良いことのように思えますが、売上増運体質(売上債権+在庫>仕入債務)である場合には、収支ギャップが拡大します。

    また、急激に売上が増大する場合は、営業や管理の人件費増加、生産設備への投資などがキャッシュフローを圧迫することがあります。
  2. 売上回収期間(サイト)の長期化
    売掛金の回収期間が長期化すると、企業の現金流入が遅れ、資金繰りに影響を及ぼします。
    特に中小企業では、大企業との取引において支払い条件が不利になることが多く、キャッシュフローの悪化を招く原因となります。
  3. 売掛先(販売先)の離脱や倒産
    主要な売掛先の離脱や倒産は、企業の収益に直接的な打撃を与えます。
    これにより予定されていた現金流入が途絶え、キャッシュフローが急激に悪化することがあります。
  4. 在庫の増加(不良在庫の増加)
    在庫が増加すると、資金が寝ることになる上、それを保管、管理するためのコストも増加します。
    特に不良在庫(売れ残り)が増えると、減耗による損失や値引き販売が必要になり、キャッシュフローに悪影響を及ぼします。
  5. 仕入支払サイトの短縮
    支払い期限の短縮は、企業の現金支出を早めます。
    特に、取引先からの支払い条件の変更により、予定より早く大きな金額を支払う必要が生じると、キャッシュフローに圧力がかかります。
  6. ファクタリングの実施
    ファクタリングは、売掛金を現金化する手段ですが、その際に発生する手数料や利息が、長期的にはキャッシュフローを圧迫します。

    また、ファクタリングを実施するのは、高額な手数料を支払ってまでキャッシュが必要ということであり、資金繰り悪化のシグナルとなります。
  7. 前受金の不正利用
    前受金は顧客からの預り金であり、サービス提供またはキャンセルポリシーによる日数経過までは「自社のお金」ではありません。

    しかし、多くの中小企業では、これを当該顧客へのサービス以外へ充当することで資金繰りが成立している状況にあります。業績が順調に伸びている局面ではまだ看過できますが、下降局面になると、急激に資金が不足することになります。

    また、前受金ビジネスは、減運体質(売上債権+在庫<仕入債務)であり、金融機関からの融資が受けにくい業種と言えます。

財務要因

  1. 担保・保証の追加
    金融機関から追加の担保や保証を求められる状況は、それ自体が資金繰り悪化のシグナルであると共に、担保の追加については、今後の新規融資のために提供することができた担保を既存融資のために提供することとなり、ニューマネーも借りにくくなります。
  2. 調達行の過度な増加
    成長局面でもないのに年に2,3行の調達先が増えている場合、主力行の支援姿勢が消極的であるというシグナルになります。また、預金の複数行分散により、管理の複雑化やコスト増加を招くことがあります。
  3. 主力行シェアの低下
    主力行(メインバンク)は通常、最も企業情報を保有しているため、主力行のシェア低下は、資金繰り悪化のシグナルになります。特に、業績悪化に伴い銀行が企業の「債務者格付け」を要注意以下になる場合、融資条件の変更や融資の停止が起こることもあります。
  4. 短期間で複数の借入
    成長局面であっても、短期間で複数回の借入をおこすことは、無計画のあらわれでもあり、金融機関からネガティブな見方をされることとなります。

    成長局面でない場合は、明らかに資金繰りに窮しているシグナルとなり、後がなくなります。
  5. 経理キーマンの退職
    経理部門のキーパーソンが退職すると、その知識や経験の喪失により、企業の財務管理が不安定になることがあります。

    特に中小企業では、経理業務が特定の個人に依存している場合が多く、その人材の退職は大きな影響を及ぼすことがあります。

    経理をマネジメントしている人材は、「つぶしがきく」ので転職はしやすく、会社の財政状態が悪い(=自分の給与に悪影響であることが分かる)ことを真っ先に知ることになる点でも、急な退職については注意が必要です。

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猿樂 昌之

猿樂 昌之

猿樂事務所(同 つむぐ人たち)の代表です。金融機関向け研修での補足情報や経営の知見を発信しております。よろしければSNSをフォローください。

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