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時事

MLB大谷翔平選手の元通訳「水原一平氏」の問題から考える中小企業のガバナンス

まずは大谷選手の肉声での説明があり、いちファンとしてほっとしています。お話されたことが真実だと思いますので、内容に疑いをはさむことはありません。そうすると、これは中小企業経営のガバナンス問題に酷似しているといえるので、特に資金管理についての注意点をお伝えします。

これはいわゆる「番頭が金庫から金を盗んで逃げた」という事件です。

ちなみに報道などでは、大谷選手の口座管理について「個人口座」の感覚での意見が多いのですが、「法人口座」だと捉えるべきだと考えます。

大金の近くにいると、必ず感覚が麻痺する

残念なことに、銀行員が顧客口座に手をつけた、偽の預金証書で顧客から大金を詐取した、という事件は多く耳にします。経理担当者も同様です。

これはひとえに、「大金の近くにいて、自分が自由に動かせるお金のように感じてしまった」ということだと思います。一般に、銀行員や経理担当者は「真面目で堅くて不正から最も遠い人物像」として語られますが、これは全くその通りです。しかし、そうした人物が悪事に手を染めてしまうのが「大金」のもつ魔力だということだと思います。

ぜひ性悪説、性「弱」説に立って、まずはダブルチェック・トリプルチェック体制を確立してほしいと思います。

Q.450万ドル(6〜7億円)のお金を口座名義人名(大谷選手)に気付かれずに送金することは可能か?

十分可能と言えます。いくつかパターンを挙げます。※知ったからと言って悪用しないでください。ちなみに必ずバレます。

口座名義人名と口座保有人は違う

まず整理しておくと、事業で使う口座においては口座名義は「屋号」として考える必要があります。

つまり「オオタニショウヘイ」という事業体としての口座です。そして、この口座内の財産が誰に帰属するかというと自然人としての「大谷翔平さん」ということになります。

このあたりの整理は、一般の個人口座しか保有していない人(口座名義人名=口座保有人)には難しい感覚かもしれません。

一般家庭でいうと、「夫婦共同の教育資金口座」に近いと思います。名義は息子(娘)になっていたとしても、贈与が成立していない状態では財産は夫(父)および妻(母)に帰属し、管理も夫(父)および妻(母)ができる、という状態です。実際に息子(娘)は口座にいくら入っているか知らないことが一般的だと思われます。

それではこれを踏まえて、「オオタニショウヘイ」名義の口座から「大谷翔平さん」以外が高額の資金移動をする方法をみていきます。

パターン1.インターネットバンキングが事業者契約であり、承認者(または副承認者)に水原一平氏が登録されているケース

事業主としてのインターネットバンキング契約だとすると、一般には「振込明細の作成担当者」と「承認者(副承認者)」「管理者」が設定されます。そしてこれらは事業の従業員であれば誰でも登録することができます。

さらに問題として、1人の従業員がすべて兼任することも事実上可能です。従業員というのは正確には「ID」であり、架空の人物IDを登録可能です(「メイサイ タロウ」「ショウニン ジロウ」などで作成)。

筆者の知る限り、銀行が従業員名簿を確認して登録承認をする、というプロセスにはなっていません(管理者の自筆自署は必要)。

セキュリティとしては、PCに電子証明書をダウンロードすることでガードをかけます。

パターン2.インターネットバンキングではなく、偽造した委任状を使って銀行担当者を騙したケース

インターネットバンキングで送金したという証言があるのですが、それも虚偽であれば、普通に銀行担当者を呼んで送金した可能性もあります。その場合、銀行担当者が委任状を確認して(預かって)処理をすることは(おそらく米国でも)一般的に行われます。

大谷選手は銀行担当者からすれば垂涎の的です。呼び付けられれば即、駆けつけることでしょう。

パターン3.個人契約のインターネットバンキングではあるが、IDやパスワードを盗んでおり、二要素認証用のタブレットなどにアクセスできた

インターネットバンキング契約を通常プライベートで使うような個人契約だと仮定すると、少し事業者としては使いにくいかと思いますが、あり得ないことではないのでこのパターンにも触れます。

個人契約のインターネットバンキングに不正アクセスするには、日本でもそうですが、二要素認証または二段階認証といった強固なセキュリティをすり抜ける必要があります(いつもと違うデバイスでの操作のアラートもあります)。普通の他人であればそれをすり抜けるのは不可能ですが、IDとパスワード、PCとPC以外のデバイス(タブレットなど)にアクセスできるのであれば可能と言えます(詳細は控えます)。

Q.高額な送金に関してチェック体制は働かなかったのか?

大谷選手の年100億円とも言われる収入、そこから推定される資産額や事業的経費・納税額の規模感から考えると、月500千ドルが紛れ込んでいても、チェックはかなり難しいと考えられます。(平均月商8億円として、平均経費+納税4億円程度はあるか)

1回500千ドルというのは、代理人権限で送金できる上限という説もあり、特にアラートが鳴る設定になっていなかったとしても不思議ではありません。

一般的な経営目線での話として、入出金の確認についてはまず総額を把握し、大口の明細のみ把握する、という流れになります。忙しい中小企業経営者で、経理責任者を置いている場合、入出金ではなく、月末の残高と試算表(合計残高試算表)のみチェックしている、というケースも多いです。

会計事務所も水原氏の言うことを信じるしかない状況だった可能性がある

世の中、会計事務所の処理に全幅の信頼を置いている(すべてを知っている)という認識があるのでしょうが、それは「経理側が正しい情報をすべて伝えている」という前提に立っています。

簡単なことでいうと、在庫が無いのに「ある」と言って(偽造の)明細を提出されれば、それは「ある」として処理されます(架空在庫といい、時系列で財務分析をしないと気づきにくい粉飾の手口で、利益の水増しに利用されます)。

上場企業では監査というチェック機能があるため、在庫調査などは行われます(それでも上場企業の粉飾案件が数多く出てきます)が、中小企業に対し、そこまでする会計事務所は多くないと思われます。

通常は、口座の異動と証憑(エビデンス)がセットになっていれば、疑う余地はありません。つまり、今回の場合は摘要欄が「loan」とされていたことから、「ローン契約書」のようなものを偽造して提出し、その架空の期日に約定金額を送金して提出する等でチェックをすり抜けることができます。

特に実質的に大谷選手の「代弁者」である水原氏ですので、こうした「架空の情報」であっても会計事務所からすれば信頼に足ると言えると思います。

仮に会計事務所が疑問を持ち、大谷選手に確認しようとしたとしても、水原氏を通すことになるため「おれの言っていることが信じられないのか?」と余計な摩擦が生じてしまう可能性があり、スポーツ界きってのスーパースターが顧客でいるというのは事務所の宣伝効果としても大きく(当然、守秘義務上、顧客情報を漏らすわけはありませんが、なぜか知っている人が出てくる不思議…)、深く突っ込まないことが容易に想像つきます。

実態のないペーパーカンパニーに資金を流すという定番の手口

尚、架空の契約書や請求書をつくって資金を外に流す、という手口は、業務上横領防止のコンプライアンスVTRや経済小説に出てくるくらい定番とも言えます。

不自然でない名前にした法人をつくる等して、商取引を装って送金します。送金を受けたペーパーカンパニーから海外口座なども使いながらマネーロンダリングします。

トラブルを避けるガバナンス上の対策

これらを踏まえて、中小企業経営者が万が一の裏切りといったトラブルを防止するには、以下が有効です。

  1. 承認プロセスの明確化
    資金管理の権限を1人だけに集中させないことです。起票者と承認者(できれば管理者)の3者が関わるようにします。特に、起票者と承認者は必ず別の人物、ということにします。
  2. 当番制の導入
    月単位で、起票者や承認者をローテーションします。大抵の入出金は反復的・継続的に行われるため、不正出金をしにくくなります(「この先月の出金なんですか?」と疑問を持たれるため)。また、起票者と承認者の共謀を防ぐという効果もあります。
  3. 第三者を入れたチェック体制の確立
    上記は人員の少ない中小企業においては、それなりに難しい解決策かもしれません。それを解決するために、第三者を入れることをおすすめします。会計事務所でもいいですが、弊社のように定期的に財務指標までチェックしている専門家を活用することで、より違和感に気づきやすく、社内に対しては牽制効果も期待できるでしょう(詳細はお問合せください)。
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猿樂 昌之

猿樂 昌之

猿樂事務所(同 つむぐ人たち)の代表です。金融機関向け研修での補足情報や経営の知見を発信しております。よろしければSNSをフォローください。

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